大阪(牧野・交野)の家族で訪れたくなる欧風霊園。

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世界のお墓紹介

喜劇王チャップリン。私が大好きな役者の1人で、小学5年生のときにこの世を去った。今でも街の灯を見ると、涙腺が緩くなってしまう。
チャップリンは亡くなったあと、埋葬されたが、掘り起こされ棺桶と遺体が一時行方不明になった。後に発見され再度荼毘にふされた。今回お墓参りをしに、スイスローザンヌのはずれ、ヴヴェイのという駅から、閑静な住宅街にチャップリンは永遠の眠りについている。

チャールズチャップリン

イギリスで生まれ、ハリウッドで大成功したチャップリンは、アメリカを迫害されてからは晩年スイスで過ごし、最期はスイスの山と湖が見える地に永遠の眠りについた。今も多くのファンが訪れ、お墓の上には若きチャップリンが楽しそうにダンスを踊っている写真が印象的だった。チャップリンありがとう。

世界を代表するオスカー女優ヘップバーンは、61歳という若さでこの世を去った。チャップリンと同じくローザンヌの片田舎であるトロシュナ村という田園地帯の一角に100坪程の墓地に永遠の眠りについている。周りの風景はゴッホのひまわりという絵に出てくる風景とよく似ている。墓地入口にはオードリーの胸像があり、中はひっそりとした十字架の墓石が建てられていた。派手さはないが、オードリーの美しさを兼ね添えた墓石は、こちらも多くの参拝者が訪れている。

オスカーワイルド

駅からタクシーでオードリーヘップバーンのお墓に行ってほしいと頼むと、運転手も慣れており、この辺りの名所になっているそうだ。
大ファンだった私は、お墓に巡礼させていただけた事に感謝している。

私が世界一驚いた墓が、フランスのパリ郊外にあるペールラシューズ墓地のオスカーワイルドの墓でした。
ツタンカーメンが飛んでいるかのようなお墓ですが、何とも驚くのが、お墓のいたるところにキスマークがついているのです。
300箇所はあるのではと、キスマークだらけのお墓に驚きました。
オスカーワイルドは、アイルランド出身の詩人で、耽美主義でお洒落な詩人で美を追求した、この時代には珍しい詩人でありました。
日本でいうと三島由紀夫も耽美主義と言われています。
まあ驚きました。

オスカーワイルド

このオスカーワイルドのお墓は、当時男性の生殖器を彫刻したので、物議を醸し出しました。
男の大事な○○が2つとも、もぎ取られています。
もぎとられた箇所に、またキスマークがついていることに驚き、
オスカーワイルドもさぞかし、天国で驚いていると思います。

女性が大好きなブランドシャネル。
漫才師のハイヒールモモコさんの娘がシャネルという名を付けるほどシャネルの大ファンだ。
このシャネルのお墓、西洋のシンボルライオンが彫られ、墓石の前には花壇のようにお花が一杯敷き詰められている。
ただ本人はフランス・パリの出身で、お墓もパリの高級霊園でと考えていたが、第二次世界大戦時に、
ナチスドイツに近い存在ということもあり、拒否され、スイスの墓地に埋葬されている。

Chanel

彼女もまた戦争の被害者かもしれない。
女性に人気のシャネルは、お参りに来られる方が絶えないそうだ。
世界有数のデザイナーの墓前で、気が引き締まりました。

近代オリンピックの父と言われ、国際オリンピック委員会(IOC)を立ち上げた。
本人も芸術競技で金メダルを獲得し、現在では有名なオリンピックの五輪マークの発案者である。
お墓には五輪マークが彫られている。
ココ・シャネルのお墓の近くに墓石が建てられており、存在感のある墓石だ。
また「参加することに意義がある」の言葉は有名で、現在のアスリートの憧れのオリンピックは、
クーベルタンの存在なくては、発展しなかったことだろう。
偉大な父のお墓参りをさせていただけて良かった。

テレサテン

日本で大人気だったテレサテン。
42歳で急死してしまったが、今でも台湾、中国では英雄だ。
台湾と中国上海にそれぞれ墓石が建てられている。
お墓の前に近づくと、テレサテンの歌が流れてくるのだ♪
一輪挿しの薔薇を手に持ち、全部大理石で作られている。
この上海の霊園は、霊園内にアトリエがあり、日本レコード大賞を取った「時の流れに身をまかせ」や、
ヒット作「つぐない」などがお墓の前から流れてくると、テレサテンは永遠なんだと思ってしまう。
この霊園は広大すぎて、テレサテンのお墓に辿り着くまで、遠かったこと、遠かったこと・・・

テレサテン

ショパン

天才ショパンのお墓参りに行って来た。
お墓の前は大勢の人でごったがえしていた。次から次へとお花を持ってお参りに来られていた。
霊園内を歩いていると、ショパンの墓はどこですか?と質問され、私が案内した人達が3件もいた。
お墓の場所が少しわかりにくいが、辿り着くとホッとしてしまう。
40歳で若死にしたショパン。
ショパンのお墓はフランス・パリのペールラシューズ墓地にあるが、ポーランド出身のショパンの遺体は返されず、心臓だけ、ワルシャワに返された。

なんだか複雑な話だが、天才の取り合いをしたわけだ。
心臓はポーランドだが、ショパンには安らかに眠ってほしい。

イブモンタン

イタリア出身で、俳優、シャンソン歌手のイブ・モンタン。
私の亡くなった母がイブ・モンタンのファンだった。
お墓自体はそれほど大きくなく、ひっそりとした場所に建てられている。
イタリアではムッソリーニの迫害から逃れ、フランスに移住して俳優となった。
元々は美声からシャンソン歌手として有名で、この時代としては珍しく、役者と兼業した変わった経歴の持ち主だった。
イブ・モンタンはたくさんの映画に出演し、あのマリリンモンローとも恋仲になったそうだ。

それほど若いときは、ダンディな役者さんだった。
お墓には女優で妻だったシモーヌ・シニョレと一緒に入っている。
墓前に立つと、イブモンタンが歌った名曲「枯葉」が聴こえてきそうだった。

ダリダ

フランスの歌手で、フランスでは絶大な人気を誇るダリダ。
エジプトに生まれミスエジプトにも選ばれた美女であった。
フランスのモンマルトル墓地に埋葬され、お墓はド派手なものだった。
等身大のダリダが大理石で作られている。
ダリダの後ろには、ご来光と思える後光がキラキラ光っているのだ。
歌手として、あらゆるジャンルの歌を歌ったダリダ。
晩年は不幸に見舞われ、インドに旅をし、そのときにダライラマとも会っている。

しかし最期は自ら命を絶ち、この世を去ってしまった。
お墓参りに来られる方が多く、墓石の周りは明るいお花がたくさん添えられている。
ダリダが生きているようなお墓だった。

ニジンスキー

ロシアのバレエダンサーで、若き天才といわれたニジンスキー。
私も行ったことがあるサンクトペテルブルグ出身で、マリインスキー劇場で多くの人を魅了した天才ダンサーだった。
彼もフランスのモンマルトル墓地に埋葬されている。彼は天才と賞賛されたが、
バレエダンサーとしては短期間だけで、人生の大半を精神病と戦った人だった。
お墓のブロンズの彫刻を見ると、ボーっと物思いに更ける、寂しいそうなニジンスキーが見えてしまう。
このお墓を見る限り、彼の異常なまでの跳躍力で、ファンを魅了した勇姿は想像できない。
安らかに眠ってほしい。

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